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昭和38年豪雪の記録写真集

会社の資料室に眠っていた,1963年=昭和38年1月豪雪-いわゆる38豪雪(三八豪雪,サンパチ豪雪,さんぱち豪雪)の画像をデジタル化しました。45年以上前の写真で、撮影者も既に退職しており、正確な撮影日時や場所は不明ですが、新潟県の長岡市内(最深積雪量318cm)で撮られたもののようです。

このサンパチ豪雪を契機に、当時の長岡市で試験的に導入されつつあった、消雪パイプが全国に普及しました。その後、ジオテクサービスでも「散水消雪ノズル」や「消雪パイプブロック」の販売を開始し、当社の主力製品として現在に至ります。

注意:このページ内容の2次利用は制限しませんが、その結果、発生した問題は、利用者の自己責任で対応してください。

 

38豪雪の写真集

画像をクリックするとフルスケールで表示します

雪の降りしきる長岡の市街地の様子です。通りの1階の雁木部分は完全に埋まっています。

雪の晴れ間の、通りを屋根の上から見た状況です。雪下ろしで出来た雪の壁が高く積まれています。

雪の壁のできた通りを下から見た状況です。

長岡駅前の大通りです。広い通りの両側に雪が積まれ、真ん中をかろうじて、バスが走っています。

長岡市の新天街(現在の長岡駅前の大手通2丁目~坂之上町1丁目方向か?)の積雪状況。

雪で埋まった、鳥居の前で遊ぶ子供たちの写真です。奥に佇む犬の姿も見えます。

2階の屋根から下ろした雪が、高く積み上げられています。当時の除雪器具は、鉄製スコップと樋です。

2階の窓が玄関になっています。ちゃんと、表札や郵便受け・国旗の小旗も移設してあります。

玄関に掘られた、雪のトンネルの上に、一升マスで作った表札が埋め込んであるのが見えます。

自衛隊の災害派遣部隊がが、雪上車を先頭にジープで長岡入り。

雪上車に「第7師団、災害派遣」の文字が見えます。

学校の校庭に着陸した、陸上自衛隊のヘリコプター。右端の国旗掲揚ポールには、臨時の吹流しも。

スコップを持って、雪掻き出動前の、陸上自衛隊員の皆さんです。

当時は雪で水路が埋まり、洪水も発生したと聞きます。水路を掘り出す自衛隊員の写真と思われます。

上越線の列車も長期間立往生しました。線路の流雪溝に詰まった雪を自衛隊員が排除しています。

除雪隊員への炊き出し風景です。

炊き出し風景をもう一枚。お握りと味噌汁が定番でした。

この写真は、雪で詰まった下水の水をエンジンポンプで排水しているのではないか想像されます。

初期のころの消雪パイプでしょうか?ちなみに消雪パイプは昭和36年に長岡市で始まったそうです。

上から水を撒くので、水温が下がり、消えは悪いようです。現在の消雪パイプは路面に直接水を撒きます。

写真は追加していきます

38年当時、自衛隊が火炎放射器を使って、雪を消そうとしたが、炎の当たった部分だけ雪に穴が開き、効果が無かったという、話を聞いたことがあります。以前、その写真を見た記憶もありますが、写真は見つかりません。見つけ次第、掲載いたします。

 

 

昭和40年代~50年頃の雪の写真

撮影は昭和42年以降の長岡市周辺と思われます。昭和38年当時に比べ、10年間でスノーダンプも普及し、除雪機械も進歩し、消雪パイプも延びてきました。

 

雪に埋もれた、長岡市の殿町通りの状況です。奥にスノーダンプも見えます。

 

屋根の雪下ろしにもスノーダンプが活躍しています。服装もナイロンヤッケです。

 

まだ消雪パイプが普及していないためか、雁木の外側の車道側は雪の壁です。

 

家から通りに出るために雪のトンネルが掘られていました。

 

雪の中を集団登校(下校?)する小学生。

 

ロータリー除雪も普及してきました。

 

ダンプによる排雪も行われるようになりました。

 

国道17号線の消雪パイプの工事の風景。消雪パイプも普及してきました。